滋賀に行って脳みそ洗った話

滋賀に行って脳みそ洗った話

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ここでは、暮らしにまつわる悩みを解決したり、暮らしの変化を楽しんだりする、「誰か」のお話をお届けしています。

「こんな暮らし、いいかも。」とあなたの暮らしを変えるヒントになれば幸いです。

記事を書いた人 ちゃんよ
平安伸銅工業のスタッフ。瀬戸内・山陰の空気の中で育ち、現在は大阪在住。
誰かのこだわりが詰まったモノに惹かれるからこそ、増えていく「好き」と思考のための「余白」が共存する暮らしを模索中。

模様替えをしたいなんて、思ってませんでした。というより、必要性を感じていなかったんだと思います、私は。

部屋は、お世辞にも片付いているとは言えなかったけれど、困ってはいない。むしろ、好きなものだけに囲まれている自覚があったし、それで満足していたんです。

だけど、在宅で仕事をしていてもなんだか集中力が続かない。趣味の作業も気力がわいてこなくて、なかなか手が付けられない。そんな状態が続いていました。

それでも、ある日を境に、部屋をそのままにしておけなくなった。それは、滋賀での仕事から帰った日の夜のことでした。

自社のプロダクトデザイナーであるSさんの家と、すぐ近くの琵琶湖で撮影をした日。朝から晩まで動きっぱなしで、体はすっかり疲れ果てバタンキュー。

それなのに、布団に入ったとき、頭の中だけが妙に静かでした。

いつもなら次々に浮かんでくる考えごとが、糸が解けるように、ひとつずつ整理されていく。考えようとしていないのに、勝手に思考が深まっていくような不思議な感覚。

「なぜだろう」と一日を振り返って、理由がわかりました。撮影中のSさんが言った、一言。 「家の中では、なるべくノイズを減らしたいんです」

外ではどうしても大量の情報が入ってくるから、せめて家では、目に入るものを少なくしたいのだと。Sさんの家は、静かでした。物音がしないわけじゃない。ただ、視線を奪われ、気をそらされる感覚が一切ありませんでした。

背の高い家具がなく、すっと抜けた視界。

窓から差し込む温かい日差しを浴びていると、かつて愛媛や島根で暮らしていた頃、窓の外に自然があるのが当たり前だった感覚が、鮮やかに蘇ってくる。就職して大阪に来てから、いつの間にか忘れてしまっていた感覚でした。

琵琶湖も、同じ。波の音も、風も、人の気配もそこにあるのに、不思議と頭の中が散らからない。

島根にいた頃、道の駅までドライブして夕日の沈む海を眺めるのが好きでした

帰宅して、自分の部屋を見ると、

デスクの目の前に貼ったポストカードや、大切な趣味のグッズ。好きなものばかりのはずなのに、視線がどこにも落ち着かない。

ひとつひとつの物が、目に入るたびに私の意識を小さく引っ張り、エネルギーを吸い取っていたのか……そんなことを思いながら、眠りにつきました。

そこから、自然に動き出した手。 ただ、バラバラに置かれていたものを一箇所にまとめ、作業する机の前から、視線を奪うものを遠ざけた。隠せるものは、箱にin。一区切りついた部屋を見て、驚きました。

「え、こんなに頭がクリアになるの?!」デスク目の前にある壁のノイズを取っ払っただけなのに。私がしたかったのは、模様替えじゃなくて。ただ、考えるための「余白」を作ることだったのかもしれない。

ノイズが減ると、頭が動く。頭が動くと、体も動き出す。 「暮らすがえ」とは、単にきれいにすることじゃない。 自分が「どうありたいか」に近づくための、静かな準備なのだと思う。